第9回 春の足音、障子越しに聞こえる
吾輩は猫である。名はキキ猫。
春の気配とは、音でやって来るものだと、吾輩は思う。
ある朝、いつもより少し早く目が覚めた。
まだ部屋はうす暗く、障子の向こうはぼんやりと白むばかり。
だが、その“むこう”から――何かが聞こえた。
チチチ……という鳥の声。
カサッ……と揺れる若葉のこすれる音。
遠くで誰かがくしゃみをしたような声も混じっておる。
冬にはなかった音ばかりだ。
そう、春の足音は、障子の向こうにこっそりとやって来る。
吾輩は静かに窓辺へ歩み寄り、障子の隙間から外を覗いた。
まだ風は冷たいが、その冷たさの奥に、何かやわらかい気配がある。
それは、芽吹きの気配。花の気配。あたたかな日差しの予感。
主(あるじ)はまだ布団の中で丸まっている。
鼻先だけがふと見えて、そこがほんのり赤い。
花粉の季節の始まり――ヒトは春に弱いらしい。
だが吾輩は、この季節の訪れが好きだ。
音と光と匂いと気配が、ゆっくりとほどけていく。
やがて主も目を覚まし、「あれ、もう春っぽいね」とつぶやく。
そのひとことが、吾輩にとっても春の証明になる。
そして、障子の向こうに見える一筋の光に、今日もまた体をあずけるのだ。
🌸 キキ猫の小さな哲学
「春はにゃ、風よりも先に音で来る。静かな朝に耳をすませば、それがわかるにゃ。」