第11回 夏の夜、風鈴と主の影
吾輩は猫である。名はキキ猫。
夏の夜というものは、なんとも妙にゃ。
暑さの名残と、一日の疲れと、微かな涼しさが、空気の中で混ざり合っておる。
網戸越しに入る風は、すこしだけ熱を帯びていて、
それでも肌――いや、毛並みには心地よい。
風が通るたび、チリン…と鳴る風鈴の音。
その音を聞くだけで、吾輩の背中がひんやりする気がするのだ。
音には温度があると、吾輩は思う。
風鈴の音は、まさに「涼」の音。
短く、やさしく、すぐに消える。
その儚さが、むしろ心を満たすのだにゃ。
主(あるじ)は、うちわを片手にぼんやりと天井を見つめている。
明かりは落とされ、部屋の中は薄暗い。
テレビの光が壁に映り、主の影がふらりと揺れる。
吾輩は、その影のそばに静かに座る。
ヒトはあまり気づいていないが、“影”にもぬくもりは宿る。
とくに、夏の夜の影は、どこかやさしくて、安心するのだ。
虫の声。遠くの車の音。
主のうちわの動く音と、風鈴の揺れる音。
それらがすべて、ひとつの「夜の景色」になる。
吾輩は、そうした静けさの中に身を沈める。
目を閉じれば、世界がまるくなる。
――それが、夏の夜の“ちいさな幸せ”なのである。
🎐 キキ猫の小さな哲学
「夏の夜はにゃ、風鈴が鳴って影が揺れる。それだけで、もう満ち足りておるにゃ。」