第5回 湯気のむこうのごちそう
吾輩は猫である。名はキキ猫。
台所という場所には、不思議な魔力がある。
まだ目には見えぬ「ごちそう」が、においと湯気と音だけで語りかけてくるのだ。
今宵の主(あるじ)は、なにやら丁寧に包丁をふるっておる。
まな板の軽快な音。
コンロの火が小さく唸る音。
そして、ふわりと漂うだしの香り――。
吾輩は、いつもの椅子に座り、鼻先を少しだけ高く上げる。
熱を帯びた空気が、まるで何かを語っているようだ。
「もうすぐできるよ」「今日は特別だよ」……そんな声が聞こえるような気がするにゃ。
湯気のむこうに見えるのは、ただの料理ではない。
そこには主の“気持ち”が込められておる。
ちょっと疲れた日には、塩気を控えたスープ。
嬉しいことがあった日には、いつもより大きな魚の切り身。
――ヒトの感情は、料理にちゃんと出るのだにゃ。
吾輩の分は、たいていカリカリと決まっておるが、
それでも、たまに小皿に“特別”がのっている日がある。
それが今日だったらいいな……と期待しつつ、湯気のむこうをじっと見つめる。
湯気はすぐに消えてしまう。
けれど、そこに込められた“温度”は、ちゃんと残るのだ。
🍲 キキ猫の小さな哲学
「湯気の向こうにあるのは、味だけじゃないにゃ。そこには“誰かの気持ち”が、ふんわりと立ちのぼっておる。」