「吾輩の皿はいつも同じ、ヒトの皿は違う」
吾輩は猫である。名はキキ猫。
今日も食卓の下から、主(あるじ)の動向をじっと観察しておるにゃ。
主のごはんは、いつも違う。
カリカリに見えぬ、ツヤツヤした粒。ふわふわの白い山。
蒸気をたてておるものもあれば、冷たいままのものもある。
ときに色とりどりで、ときに茶色一色だったりもするにゃ。
それにひきかえ、吾輩の皿ときたら、毎日同じだにゃ。
まるで永遠にリピートされる「カリカリ交響曲」。
朝はカリッ。夜もカリッ。気分を変えたい日も、やっぱりカリッ。
せめて「小魚風味」から「ササミ仕立て」に変えてくれれば、少しは季節感も出るのだがにゃ。
人間という生き物は、なぜあんなにも「食」にこだわるのか。
味、香り、彩り、器にまで気を配る。
おまけに「今日は気分じゃない」とか「ダイエット中」とか言い出す始末にゃ。
食べたいのか食べたくないのか、どっちなんだにゃ。
そのくせ吾輩がごはんを2口残すと、「どうしたの?具合悪いの?」と慌てるくせにゃ。
心配してくれるのは嬉しいが、ちょっとした気分転換だっただけにゃ。
カリカリに、もうちょっと“サプライズ”があってもいいと思うのだが。
ある日、主が「お昼にしよ〜」とキッチンに立った。
吾輩はすかさずテーブルの下にスタンバイ。
ほどなくして出てきたのは、何やらツルツルとした麺の山。
その上に、卵・きゅうり・ハム・赤い何かが乗っている。見た目はなかなかに豪華だにゃ。
「冷やし中華、はじめました♪」
――ほう、冷たいのがうまいとな?
吾輩の水も冷たいが、そこに中華風の演出はないにゃ。
それにしても、あれだけ色があると目も楽しいにゃ。
皿の上は、まるで季節を乗せた舞台みたいにゃ。
ヒトの食事は、味だけでなく“気分”を食べておるのかもしれん。
「今日は疲れたから甘いもの」「ごほうびにステーキ」などという発言、吾輩も何度か耳にしたにゃ。
カリカリに“ごほうび感”があるとしたら、それはやはり…
袋を開ける「シャカッ」という音にゃ。あれはたまらん。
あの音を聞いただけで、眠っていた胃袋が起き上がるにゃ。
でも主よ。たまには、こんな楽しみも加えてほしいにゃ。
――にぼし、かつおぶし、ちゅ〜るの試食会。
――ささみの食べ比べ祭り。
――「今日はおやつだけの日」なんて、夢のような日も……にゃ。
吾輩のごはんが“いつもと同じ”であることに、文句はない。
けれども時々、“違う何か”が混ざるだけで、世界が少し広がる気がするのだにゃ。
主よ、どうかそのうち、
吾輩の皿にも“変化球”を投げてくれたまえにゃ。
🐾 まとめ:猫のごはんにも、ちょっぴり“変化”をにゃ
- ヒトの食卓は日々変化して華やかにゃのに、吾輩の皿は毎日同じ。
- “いつものごはん”は安心だけど、たまには違う味も楽しみたいにゃ。
- ヒトが「気分」や「ごほうび」でごはんを楽しむように、
吾輩にも「ちょっぴり特別な日」があると、世界がもっと広がるにゃ!